大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2969号 判決

控訴人 黒田重治

右訴訟代理人弁護士 塚本宏明

右訴訟復代理人弁護士 国谷史朗

被控訴人 株式会社丸七鉄工所

右代表者代表取締役 深海浪治

右訴訟代理人弁護士 坂上勝男

同 坂上富男

主文

一  原判決中本訴に関する部分を取り消す。

二  被控訴人の本訴請求を棄却する。

三  原判決中反訴に関する部分を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金三九〇万円及びこれに対する昭和五二年一一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審及び本訴、反訴を通じ、これを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

一  控訴人

1  主文第一、二項と同旨

2  原判決中反訴に関する部分を取り消す。

3  被控訴人は控訴人に対し、金二億円及び内金二〇〇〇万円に対する昭和四八年一二月一日から、内金一億八〇〇〇万円に対する昭和五二年一一月一日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

一  本訴について

1  被控訴人の本訴請求原因

(一) 被控訴人は機械製造販売業を営む会社であり、控訴人は合成樹脂成型業を営む者である。

(二) 被控訴人は、昭和四七年四月一四日控訴人から機械の製作・供給の依頼を受けてこれを引受け、控訴人との間に次のとおりの契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(1) 品名、数量、単価

イ MTFO―二〇〇特殊油圧成型機一台(合成樹脂を成型する機械、以下「MTFO型機」という。) 金四六〇万円

ロ MBO―二〇〇冷却用油圧プレス一台(成型された合成樹脂をプレスしながら冷却する機械、以下「MBO型機」という。) 金二七六万円(代金合計金七三六万円、右イ、ロの機械をあわせて以下「本件機械」という。)

(2) 納入場所 大阪府東大阪市永和一丁目三三番地所在控訴人方工場

(3) 受渡条件 納入場所において据付試運転渡し

(4) 受渡期日 昭和四七年四月

(5) 代金支払条件 検収引渡し完了後三〇日目を第一回とし、一五か月の分割払とする。

(6) 特約 イ 被控訴人に債務不履行があったときは、被控訴人は控訴人が本件機械の使用によって得たであろう利益も賠償する。

ロ 本件機械の所有権は代金完済まで被控訴人に留保し、控訴人が代金の支払を一回でも怠った場合は期限の利益を失い、残代金全額を直ちに支払うか、本件機械を引上げられても異議がない。

(三) MTFO型機は、押出機(樹脂供給部、樹脂混練装置)、チャンバー(蓄積部)、型締装置(固定盤及び可動盤)、射出用ラム、型締用ラム、金型等で構成されているが、被控訴人が控訴人から受注したのは、全体の装置の一部分であり、押出機、その台、金型、切換弁及び連結パイプは含まれておらず、これらは控訴人において用意することになっていた。

(四) 被控訴人は、昭和四七年四月二七日本件機械をほぼ完成し、被控訴人方工場内において、控訴人立会の下に試運転・検査を行い、若干の不良箇所を除き仕様書通りの性能を有し、材質、寸法も予め打合せの結果作成され控訴人の承認を得た承認図のとおりであり、良好であるとの控訴人の確認を得た。その後控訴人方工場内に水漏れがあったことなどのため遅延したが、同年六月八日ころ被控訴人従業員木津善雄らは、控訴人方工場内に本件機械を組立てのうえ据付け、同月半ばころから控訴人立会の下に試運転を行い、本件機械に何ら製作上、操作上の瑕疵がないことを双方で確認して同月二七日検収引渡しを完了した。

前記(三)からすれば、控訴人が用意すべき金型の取付け、被控訴人の製造にかかるチャンバー先端部の射出ノズル(以下「ノズル」という。)と控訴人が用意すべき金型湯口部(スプルー、以下「スプルー」という。)との接合については、いずれも控訴人が責任を負うべきものであるから、これらに不具合があって本件機械の試運転の際不良品が出たとしても、右の検収引渡しの完了に消長を来たすことはない。

(五) しかるに、控訴人は、昭和四七年七月以降毎月なすべき代金の分割支払をせず、前記(二)(6)ロの特約により期限の利益を失った。

(六) よって、被控訴人は控訴人に対し、前記代金七三六万円及びこれに対する弁済期の経過した後である昭和四七年七月三一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  本訴請求原因に対する控訴人の認否

(一) 本訴請求原因(一)は認める。

(二) 同(二)は認める。

(三) 同(三)のうち、MTFO型機の構成、被控訴人が受注した中に押出機及び金型が含まれておらず、これらは控訴人において用意することになっていたことは認めるが、その余は否認する。

(四) 同(四)のうち、被控訴人従業員木津善雄らが昭和四七年六月八日ころ控訴人方工場内に本件機械を組立てのうえ据付け、同月半ばころから控訴人立会の下に試運転を行ったことは認めるが、その余は否認する。

本件の場合のような機械の製作物供給契約において検収引渡しがあったというためには、当該機械がその目的に適合する作動をするものとして、当事者双方により確認がなされることを要する。本件契約においては、受渡条件として「据付試運転渡し」と定められていたから、試運転が良好になされてはじめて受渡しがあったことになるのであり、右受渡後更に控訴人側で本件機械を運転しながら使用目的に適合しているかをチェックし、不良箇所等がないことを確かめてはじめて検収が終了し、これにより引渡しが完了するのである。ところが、本件機械には、後記3(一)主張のとおり平行度、直角度の不良等の未完成・調整未了・不良の箇所が多数あったため、据付試運転の段階で種々のトラブルが発生し、その検収引渡しはもちろん、右にいう受渡しさえ完了していない。

(五) 同(五)のうち、控訴人が代金の分割支払をしていないことは認めるが、その余は争う。

3  控訴人の抗弁

本件契約は、以下述べるように被控訴人の債務不履行又は本件機械に瑕疵が存在することを理由に解除されたものである。

(一) 本件機械には、以下のような未完成・調整未了・不良の箇所があり、被控訴人は、本件機械が未だ完全に作動できる状態に完成して控訴人に引き渡していない。

(1) 平行度、直角度の不良

本件機械については、分類番号・B六四〇三による日本工業規格(JIS)一級の精度を有することと約定されており、右基準によると、MTFO型機の固定盤(上部ボルスター)と可動盤(下部ボルスター)間の平行度の許容値は〇・一一、可動盤に対する支柱軸の直角度の許容値は〇・九九であるところ、本件機械を昭和四七年四月二七日に被控訴人方工場で組み立てた際に被控訴人が行った測定結果(乙第一〇号証)によると、平行度、直角度とも右許容値をはるかに超えており、前記JIS一級の精度に適合していない。このような機械を運転して合成樹脂の成型を行うと、支柱軸面にかじり傷が生じ、プレス本体が振動すると共に、ノズル先端とスプルーとの接合状態が不良となって接合部分に損傷を生じ、「樹脂漏れ、樹脂詰まり」等の現象を惹き起こし、成型不良ないし成型不能となる。

現に、MTFO型機は、ようやく昭和四七年六月半ばころから控訴人方工場内で被控訴人の従業員木津善雄らの手で試運転が行われることとなったのであるが、その際、支柱軸面にかじり傷を生じ、プレス本体が横ゆれし、また、スプルーを再三にわたって破損し、製品が金型から離れず、製品に黒いしみがつくなどの状態が続いた。そして、同年七月一日一旦作業を中止し、同月五日から八日までの間右木津らは、被控訴人方工場で作り直したノズル、スプルーを持参して再度試運転を行ったが、一向に改善は見られなかった。

MBO型機については、被控訴人方工場における精度検査の記録すら控訴人に交付されておらず、被控訴人は約定に反し、JIS一級の精度をもつように製作していないものと推測される。

(2) 安全ドアの取付未了

MTFO型機、MBO型機のいずれについても、約定に反して安全ドア(自動運転のスイッチの役目を兼ねる。)の取付けがなされていない。

MTFO型機について安全ドアが取付未了となった原因は、被控訴人主張のように控訴人が用意した金型が大きすぎたことにあるのではなく、被控訴人が控訴人の用意する金型の大きさを予め知りながら、これを十分考慮せずに安全ドアの取付位置を定めたことにある。

(3) チャンバー不良

MTFO型機により正常に成型が行われるためには、チャンバー(押出機で混練、供給された樹脂が切換弁を経て一時貯溜、加熱されるところ)内に樹脂が残らないようにする必要があるところ、被控訴人の製作したチャンバーは樹脂が残ってこげつきを生じ、このことも製品に黒いしみがつく一因となったものである。

(4) 圧力計の取付未了

MTFO型機には圧力計を五個取り付けるものとされていたのに、被控訴人は、このうち三個を取り付けたのみで残り二個(低圧、高圧ポンプ用のもので、必要不可欠である。)の取付けをしていない。

(5) 金型合わせ等のための低速作動ができないこと

MTFO型機について、金型取付け及び金型合わせのため低速作動ができるようにすることが約定されていたのに、履行されていない。

(6) トップラムの安全カバーの取付未了

MTFO型機のトップラムに安全カバーを取り付ける約定であったのに、取り付けられていない。

(7) アキュームレーターの切替装置の取付未了

MTFO型機のアキュームレーターについては、手動時に作動すると、樹脂の飛出し等による危険があるため、作動しないよう切り替える装置が必要であり、そのための押しボタンを操作盤に組み込むことが了解されていたのに、右装置の取付けがされていない。

(8) 検査記録の不交付

被控訴人は、本件機械の据付試運転を行い、正常な運転ができることを確認したうえ、本件機械が仕様書のとおりであるか否かをチェックし、その結果を一定の様式(乙第一一号証のとおり)に従った検査記録(機械の精度、性能と責任の所在を明確にするため必須のものである。)にまとめ、これを控訴人に交付する旨を約していたのに、右検査記録の交付をしていない。

(二) 控訴人は、被控訴人に対し、昭和四七年七月初めころ以降再三にわたり口頭で、更に昭和四八年四月二三日到達の内容証明郵便により、前項の未完成箇所等を約定に従って完成させ、あるいは修補をし、引き渡すよう催告したが、被控訴人がこれを放置したので、昭和五二年四月二八日到達の内容証明郵便により、被控訴人の債務不履行又は本件機械の瑕疵を理由に本件契約を解除する旨の意思表示をした。

4  抗弁に対する被控訴人の認否

抗弁冒頭の主張は争う。

(一) 同(一)冒頭の主張は否認する。

(1) 同(一)(1)のうち、MTFO型機の平行度について、日本工業規格(JIS)一級の精度を有することと約定されていたことは認めるが(但し、分類番号・B六二〇一による。)、その余はすべて否認する。

前記1(四)で主張したとおりノズルとスプルーとの接合は控訴人の責任において行うべきことであり、被控訴人は、昭和四七年六月の試運転中スプルーが破損したとして控訴人から依頼され、これを製作したことがあるだけである。右接合がうまくいかなかったのは、控訴人が行うべき金型の取付方法が悪かったためであり、被控訴人には何らの責任もない。そして、本件機械は、同月二七日には完全な製品を成型できる状態になり、控訴人に引き渡されたものである。

(2) 同(一)(2)については、本件機械に安全ドアが取り付けられていないことは認める。控訴人が用意した金型が大きすぎたため(被控訴人は控訴人から金型の大きさを予め知らされていなかった。)、取付けができず、控訴人は、本件機械のいずれについても右ドアを取り付けないよう指示し、そのまま検収引渡しを了したものである。

(3) 同(一)(3)は否認する。

(4) 同(一)(4)のうち、MTFO型機に圧力計が三個しか取り付けられていないことは認めるが、その余は否認する。当初の打合せでは圧力計を五個取り付けることになっていたが、昭和四七年四月二七日の最終打合せにより三個とすることに変更されたのであり、また、三個でも機械の性能に支障はない。

(5) 同(一)(5)ないし(7)はいずれも争う。

(6) 同(一)(8)のうち、検査記録を交付していないことは認めるが、その余は否認する。検査は、被控訴人が自主的に行うもので、その記録を控訴人に交付する約束などなかった。

(二) 同(二)のうち、控訴人主張の各内容証明郵便により、催告及び本件契約を解除する旨の意思表示があったことは認めるが、その余は否認する。

二  反訴について

1  控訴人の反訴請求原因

(一) 一1の(一)及び(二)と同じ

(二) 一3と同じ

(三) 控訴人は、被控訴人の右債務不履行又は本件機械の瑕疵により次のとおりの損害を被った。なお、控訴人としては、被控訴人が昭和四七年九月八日本件機械について、控訴人を債務者として、「債務者の占有を解いて執行官に保管させ、現状を変更しないことを条件として債務者の使用を許す。占有の移転・一切の処分を禁止する。」旨の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)を得、同月一四日その執行をしたため、本件機械を補修することもできなかった。

(1) 逸失利益 金五億三二九八万円

控訴人は、本件機械が納入されれば、昭和四七年六月から本件機械によって、合成樹脂製まな板の製造卸販売を行う予定であった。その製造予定数量は、当初の一年間は月三万枚、二年目は月四万枚、三年目以降は月五万枚であり、既にオーナンバ化工株式会社、住友ゴム工業株式会社との間でこれを右各社に販売する合意をしていた。

右まな板の販売価格は一枚金二五〇円から三〇〇円であり、控訴人がこれを製造販売するのに要する費用は、一枚当たり金一五五円五〇銭弱であるから、控訴人は、一枚当たり少なくとも金九四円五〇銭の利益を得られたはずである。

そして本件機械は少なくとも一〇年間は稼動させられるから、その間に控訴人は、別紙逸失利益計算書のとおり合計金五億三二九八万円の利益を失い、同額の損害を被った。

(2) 付帯設備費 金六九〇万四〇〇〇円

控訴人は、本件機械を稼動させうるとの前提の下に右金額相当の付帯設備を施したが、これらがすべて無駄になり、同額の損害を被った。

(四) よって、控訴人は、右損害のうち、金二億円及び内金二〇〇〇万円(逸失利益)については本件反訴状が被控訴人に送達された日の翌日である昭和四八年一二月一日から、内金一億八〇〇〇万円(逸失利益の一部及び付帯設備費)については反訴請求の趣旨変更の申立書が被控訴人に送達された日の翌日である昭和五二年一一月一日からそれぞれ完済に至るまで商事法定利率の範囲内である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  反訴請求原因に対する被控訴人の認否

(一) 反訴請求原因(一)は認める。

(二) 同(二)に対する認否は、一4と同じ

(三) 同(三)のうち、被控訴人が控訴人主張の日に本件仮処分決定を得、その執行をしたことは認めるが、その余は争う。

本件機械を使用してプラスチック製まな板を製造する方法は、他のメーカーが一社としてこの方法による製造を行っていないことからも明らかなとおり、実用に適さないものであり、控訴人には、そもそも何らの得べかりし利益の喪失もない。

また、本件仮処分決定は、控訴人に本件機械の使用を許しており、同決定の執行があっても、使用のための修理が許されることは当然であって、控訴人は、正に同決定に藉口して過大な損害を主張するものというべきである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  本訴について

1  本訴請求原因(一)(当事者の地位)、同(二)(本件契約の締結)は、いずれも当事者間に争いがなく、同(三)のうち、MTFO型機が押出機、チャンバー、型締装置、射出用ラム、型締用ラム、金型等で構成されているところ、被控訴人が受注した中に押出機及び金型が含まれておらず、これらは控訴人において用意することになっていたこともまた当事者間に争いがない。

2  そこで、本件機械の検収引渡しが完了したかどうかについて判断する。

《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  被控訴人は、本件契約成立前から新潟県燕市内の自社工場において、本件機械の製作にとりかかっていたが、作業過程をほぼ終えたので、これを組み立て、昭和四七年四月二七日右工場において、控訴人の立会の下に、一応の検査を行った(その際、金型を装着して試運転をすることはなかった。)。その結果、若干の修整を要する箇所はあったが、控訴人としても本件機械がほぼ満足すべき状態に出来上がっていることを認めたので、被控訴人において右箇所を修整のうえ、近く大阪府東大阪市所在の控訴人方工場へ搬入することとなった。

ところで、MTFO型機の固定盤(上部ボルスター)と可動盤(下部ボルスター)間の平行度は、分類番号・B六四〇三による日本工業規格一級(以下「JIS一級」という。)の精度を有することと約定されていた(分類番号の点を除き当事者間に争いがない。)ところ、右検査の際、被控訴人の技術担当者の手で、右平行度及び四本の支柱の傾き具合について検査が行われた。その測定結果表が乙第一〇号証である(詳細は後述する。)。なお、納期の遅れについては、控訴人もこれを了解していた。

(二)  こうして、被控訴人従業員木津善雄、金子徳蔵らは、同年五月一〇日ころ本件機械(当然のことながら金型は含まれない。)を分解された状態で控訴人方工場に搬入し、組立作業に入ったが、控訴人方工場内に水漏れがあったため、やや作業が遅延した。そして、前記木津らは、同年六月八日ころ組立、据付を終え、同月半ばころから控訴人立会の下に試運転を開始した(この事実は当事者間に争いがない。)。

(三)  ところが、MTFO型機の切換弁(本件契約では控訴人側で用意することになっていたが、その後被控訴人側で製作することに変更されたものである。)が不良のためその再製作をし、同年六月二七日から同機の試運転を再開したが、固定盤と可動盤間の平行度及び支柱(タイロッド)の傾き具合等の精度が不良のため、ノズルとスプルーがうまく接合せず、これらの先端部分が損傷する事態が再三発生した。

ところで、ノズルは、前記切換弁同様本件契約後被控訴人側で製作することに変更されたものであり、スプルーは、金型の一部であって、本来ユーザーである控訴人において用意すべきものであったが、右のように損傷したため、控訴人の依頼により被控訴人がその再製作をすることになった。こうして、ノズル、スプルーの再製作が二、三度繰り返され、その接合(金型合わせ)が試みられたが、右損傷の問題は遂に解決しなかった。

(四)  そして、右接合不良が原因となって、製品が金型から離れない、製品に黒いしみがつく、樹脂が漏れ、金型に付着するなどの状態が同年七月一日まで続いた。そこで、控訴人は、前記木津、金子に本件機械搬入後の経過を書面に記載するよう求めたところ、右両名は、相談のうえ、書面に金子が右経過及び「(株)丸七鉄工所・七月一日」と記載して各自が「金子、木津」と署名し、控訴人に渡した。同書面(乙第一三号証)の六月二七日から七月一日の欄には、「切換弁を取付試運転するが、ノズルが損償し、ノズル及び金型部品を再製作とする。原因としてプレスの水平がよくでていなかったと思われる。」とあり、まとめとして、「以上のようなことで正常な運転を行うことができず、誠に、申し訳なく思っております。」と記載されている。

(五)  被控訴人の従業員木津らは、同年七月五日再製作したノズル及び金型部品(スプルー)を持参し、同月八日まで試運転を行ったが、前記不接合は解消せず、良好な製品の製造には程遠い状態であった。なお、本件機械を控訴人方工場に搬入してからは、同月四月二七日被控訴人方工場で行われたような平行度等の検査・測定は全く行われなかったが、本来、このようにJIS一級の精度を保持すべき機械が分解されて運搬される場合には、搬入組立の後に右検査・測定を再び行って精度を再確認するのが当然とされているのである。

(六)  控訴人は、七月八日木津らが辞去する際、同人らから「もう一度出直すが、使っているうちに良くなるから。」と言われ、不本意ではあったが、自ら試運転を行おうとして同月一〇日本件機械を作動させたところ、操作を誤り、飛び散った樹脂により火傷を負って入院するに至った。

(七)  以後被控訴人は、検収引渡しは完了しているとして、代金の支払又は本件機械の返還を求め、控訴人はこれを拒否し、抗争状態となった。

被控訴人は、同年九月八日本件機械につき控訴人を債務者として、本件仮処分決定を得、同月一四日その執行を了し(この事実は当事者間に争いがない。)、同月二七日本訴提起に及んだ。

以上のとおり認められ(る。)、《証拠判断省略》

3  右1、2に認定判示した事実関係によれば、本件機械は、控訴人方工場に搬入され、組立のうえ据付を了したが、その試運転において、平行度、支柱の傾き具合等の精度不良のため、遂に良好な製品を製造する機能を発揮するに至らず、右のような状態にあることについて控訴人の了解も得られなかったのであるから、未だ完成しておらず、本件契約に定める検収引渡しを完了していないものと認めるのが相当である。

4  被控訴人は、ノズルと控訴人が用意すべき金型の部品であるスプルーとの接合については控訴人が責任を負うべきものであるから、これらに不具合があって不良品が出たとしても、検収引渡しの完了に消長を来たすことはない、と主張し、《証拠省略》はこれにそうている。しかし、前記認定のとおり本件機械搬入後スプルーの製作を被控訴人が行うことに変更されたという事実があることはともかくとして、仮にスプルーを含む金型について控訴人側においてこれを用意してその機能につき責任をもつべきものであるとしても、本件機械は、MTFO型機のノズルとスプルーとが正しく接合し、良好な製品が製造される状態となってはじめて機械として効用を果たしうるものであることはいうまでもないところであり、右2認定の本件機械搬入後の事実関係、とりわけ被控訴人の従業員木津らのとった行動に照らせば、本件機械の製作の責任を負うべき被控訴人において、前記接合について自己の関知しないところであるとの態度をとることは、許されるものでないと解すべきである。のみならず、右不接合は、前記認定ならびに後記説示のとおり平行度及び支柱の傾き具合等の精度不良(これらについては、被控訴人が全面的に責任を負うべきことはいうまでもない。)にその原因があると認められるのであるから、被控訴人の前記主張に従い、前記2認定の事実関係をもって本件機械の検収引渡しが完了したものと認めることは到底できないというべきである。

5  ところで、右不接合の原因に関し、被控訴人は、本件機械に精度不良はなく、控訴人が行うべき金型の取付方法が悪かったことに原因があると主張するのに対し、控訴人は、平行度、直角度の精度不良が原因であると主張し、この点が本件の重要な争点となっている。当裁判所は、この点につき前判示のとおり平行度及び支柱の傾き具合等の精度不良に原因があるものと判断するが、以下に更に説明を加えることとする。

(一)  《証拠省略》によれば、前記2(一)認定のとおり昭和四七年四月二七日被控訴人方工場において、検査・測定が行われ、乙第一〇号証の測定結果表が作成されたが、ここでは、(1)測定点の数が少ないという意味で日本工業規格(JIS)の定める方法に厳密に従っているとはいえないが、一応これに準拠し、可動盤を二箇所の高さに設定して二回にわたり平行度を測定し(乙第一〇号証中「盤面平行度測定」とある欄)、かつ(2)四本の支柱(タイロッド)の傾き具合を測定したもの(同号証中その余の欄)であること、右(2)の検査は、JISに規定されている上下運動の軸と下部ボルスター上面との直角度の検査とは異なるものであるが、同検査の目的と同一の方向を指向するものであること、(1)の測定結果として乙第一〇号証に記載されている数値は、測定器(インジケーター)の読みそのものであり(当審証人村上の証言は、右数値を零点補正をしたうえでの測定値であるとするが、《証拠省略》に照らして採用できない。)、したがって、測定点の数の問題を抜きにすれば一応JIS一級の許容範囲内にあること、一方、(2)の数値は、もちろんこれをJISの許容値とそのまま比較することはできないが、それ自体として著しい精度の不良を示すものといわざるをえないこと、平行度の精度を考える場合、たとえ可動盤がある高さ(上記(1)の測定のようにそれが二箇所であっても)にあるときの平行度の測定値がJIS一級の許容範囲内にあったとしても、直角度が適正に設定されていないとすれば、可動盤の高さが変化すると平行度が右許容範囲内にとどまるとは限らない筋合いであり、このように、直角度(本件でいえば、上記(2)の支柱の傾き具合)の測定値と総合することなしに直ちに当該機械の平行度がJIS一級の精度を有すると即断することはできないこと、以上のとおり認められる。

(二)  右に認定判示したところに、前記2に認定したとおり本件機械は、控訴人方工場に搬入後組立てられてからもこのような場合の当為に反して平行度等の精度の再検査が全く行われておらず、前記四月二七日被控訴人方工場で組立てられ検査・測定を受けたときの精度すらこれを右搬入組立後も変りなく有していたか疑問の余地があること、《証拠省略》によれば、ノズルとスプルーとの接合(金型合わせ)はそれ自体微妙な技術を要するとはいえ、合成樹脂成型の専門家である控訴人にとってはもちろん、機械製作の技術者である被控訴人側の木津らにとってもそれ程の難事とは思われず、金型ないしスプルー自体に何らかの不具合があったからといって、前記不接合の克服に前認定のような長期間を要する(それでもなお、右克服の達成には至らなかった。)ものとは考えにくいこと、更には、木津らが前記乙第一三号証のような書面を作成して控訴人に差入れたことなどの前記2判示の一連の事実経過をあわせ考慮すれば、前記不接合の原因としては、前判示のとおりに認定するのが相当というほかはない。なお、《証拠省略》は、当裁判所の認定にそうものではあるが、これらが、既に一〇年余にわたり使用されないまま放置されてきた本件機械についての検査結果とそれについての証言であることにかんがみれば、これらを上記認定の用に供することは相当でないものと考える。

6  そのほか、本件機械が未完成でその検収引渡しが完了していないとの前記3の認定を左右するに足りる証拠はなく、右未完了が、控訴人主張のその余の未完成・調整未了・不良の箇所の存否を問うまでもなく、本件契約の解除原因たるべき被控訴人の債務不履行にあたることはいうまでもない。

7  そして、控訴人が、被控訴人に対し、昭和四八年四月二三日到達の内容証明郵便により、本件機械を約定に従って完成させ、引き渡すよう催告し、昭和五二年四月二八日到達の内容証明郵便により、被控訴人の債務不履行を理由に本件契約を解除する旨の意思表示をしたこと、以上の事実は当事者間に争いがないから、本件契約は、右同日をもって解除されたものというべきである。

8  そうすると、控訴人の抗弁はその余の点について判断するまでもなく理由があり、控訴人に対し本件機械の代金の支払を求める被控訴人の本訴請求は、失当として棄却を免れない。

二  反訴について

1  本件契約に、本訴請求原因(二)(6)イのとおり、被控訴人に債務不履行があったときは、被控訴人は控訴人が本件機械の使用によって得たであろう利益も賠償する、との約定があったこと、被控訴人に債務不履行があったこと及び本件契約が解除されたことは、先に判示したとおりである。

2  そこで、控訴人主張の損害について検討する。

(一)  逸失利益

《証拠省略》によれば、控訴人は、昭和四七、八年当時、本件機械によって合成樹脂製まな板を製造し、これを卸販売することを計画しており、二、三の大手の販売会社に仕入れの意向を打診し、控訴人としては有望な見通しをもっていたことが認められるが、その製造数量、製造卸販売をするのに要する費用(原価)については、《証拠省略》によってはこれを認めるに十分でなく、そのほかに措信すべき的確な立証はない。

一方、《証拠省略》をあわせれば、被控訴人は、控訴人の仲介で以前訴外大阪精機工作株式会社にトン数以外は本件機械と全く同一の機械(同機械は、たらいとまな板の製造を目的とするものであった。)を納入したことがあったが、同訴外会社では機械に格別の欠陥がないのにもかかわらず、実用に供せず、他に売却することもできなかったこと、本件機械に用いられている成型方法については控訴人が昭和四〇年七月一日特許権を譲渡により取得したものであるところ、たしかに合成樹脂製まな板は昭和四七、八年ころから一般に出回ってはいるが、控訴人の右特許権について本件契約後その存続期間が満了した昭和五二年九月までの間に、専用実施権ないし通常実施権の設定を受けた者はなく、その間はもちろん右存続期間満了後も、本件機械と同一の成型方法によってまな板を製造した業者は見当たらないことが認められる。

また、《証拠省略》をあわせれば、昭和四七年六月当時及びそれ以降を通じ、控訴人が果たしてその主張するようなまな板の製造・卸販売を実行するに足りる資金力を有していたかは、大いに疑問であると認めざるをえない。

これらを考えると、《証拠省略》を考慮しても、控訴人が本件機械を使用してまな板を製造し、これを卸販売することにより上げ得たであろう利益の額については、証拠上これを確定することができないといわざるをえない。

(二)  付帯設備費

《証拠省略》をあわせれば、控訴人は、本件機械の稼動を前提として、(1)押出機、(2)金型、(3)のこぎり盤、(4)ボール盤、(5)コンプレッサーを購入し、(1)について金二八〇万円、(2)について金一五〇万円、(3)について金九万四〇〇〇円、(4)について金六万円、(5)について金五万円をそれぞれ支出し、更に(6)本件機械を据付けるための基礎工事、(7)高圧電力室及び配線の各工事を行い、(6)について金五六万円、(7)について金一八四万円をそれぞれ支出したこと、以上のうち、(2)、(6)及び(7)の各支出は本件機械を稼動させられなかったことにより全額無用な出費となったものであるが、(1)及び(3)ないし(5)については、控訴人において、本件契約が解除された後、これらの物品を他の用途に使用し、あるいは他に相当な価格で処分することも可能であったはずであることが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。そして、右(1)及び(3)ないし(5)については、これらの物品を控訴人において現実に他の用途に使用することができなかったり、他に安く処分せざるをえなかったことなど、控訴人が被った具体的な損害額を認定するに足りる事情につき何らの立証もないから、結局、控訴人が被控訴人の債務不履行により被った付帯設備費の損害は、右(2)、(6)及び(7)の各支出合計金三九〇万円の限度でこれを認めるべきである。

3  そうすると、控訴人の反訴請求は、金三九〇万円及びこれに対する反訴請求の趣旨変更申立書が被控訴人に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年一一月一日から完済に至るまで商事法定利率の範囲内である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきである。

三  以上説示したところによれば、原判決中本訴に関する部分は不当であるからこれを取り消して被控訴人の本訴請求を棄却し、反訴に関する部分は一部不当であるからこれを前記二3のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 櫻井敏雄 裁判官 増井和男 河本誠之)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例